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= 竹ノ山 の タケノコ 通信 =
〔第42号 2017年1月12日〕


今月の話題 「司馬遼太郎から学ぶ日本文化」

第41回、12月のチャレンジは司馬遼太郎から学ぶ日本の文化に関する問題でした。まずは問題を確認しましょう。

司馬遼太郎著『国盗り物語』には、織田信長の味覚に関するエピソードが描かれています。
日本の宝とまでいわれる料理人石斎の料理を食べた信長は、「あんなものが食えるか。よくぞ石斎めは食わせおったものよ。料理人にして料理悪しきは世に在る理由なし、―殺せ」と大喝しました。最後にもう一度だけチャンスを与えられた石斎は、次に信長が満足する料理を作り、命拾いしただけでなく、信長の賄頭(まかないがしら)(料理長)となります。石斎はどのような料理を作り、信長に「旨かった」と言わせたのでしょうか。

1.戦国時代にポルトガルから日本に入ってきた南蛮渡来の食材を用いて、新しいもの好きである信長の気を引いた。
2.京都に上洛して天下を取ろうとしている信長の気持ちを察し、帝や貴族が食べている京風の味を上品に出した。
3.尾張出身の信長の舌に合わせ、意識的に濃い味付けにして、すべての料理を田舎風に作り変えた。
4.茶の湯に凝っている信長の嗜好を知り、武野紹鷗、千利休が大成した茶懐石を型通りに出した。
5.手早さをモットーとする信長の感性を意識し、麺の湯で時間を短縮するために平べったいきしめんを使用した。

正解は3です。

織田信長が「滅法、旨かった」といった味は、「厚化粧をしたような濃味で、塩や醤や甘味料をたっぷり加え、芋なども色が変わるほどに煮しめてある」田舎風に料理したものでした。それに対して、信長の逆鱗に触れたものは、都(みやこ)の味だったのです。雅の味とは、「なるべく材料そのものの味を生かし、塩、醤などの調味料で殺さない。すらりとした風味」のことです。
石斎は、日本第一の京料理の名人と異名をとった男です。名人と謳われるゆえんは、ただ味付けに秀でているだけではなく、将軍家の作法に則って、五節句や季節の膳も心得ており、さらに室町風の当時流行した鶴や鯉の料理、茶事のもてなしなど、その時々に応じた‘粋’を、料理に反映することができました。
ちなみに、美食家で知られた谷崎潤一郎、川端康成をはじめ、池波正太郎、渡辺淳一、浅田次郎といった作家たちは、必ず京都の魅力、京の味にハマっていきます。現在でも嵐山吉兆、瓢亭、瓢正、浜作など文豪の愛した店で味わえますが、結構な金額です。その内訳は、単に料理の単価だけでなく、部屋の設え、器の使い方、主人の所作までが、京の味として提供されるからです。これは信長が生きた戦国時代、すでに確立されていました。
 ところが信長は、それを[良し]としません。だれもがありがたがる「ばかばかしいほどの薄味」の京料理を憎悪していました。石斎は京随一の料理人で、最初は自分が得意とする京料理をふるまいましたが、状況を察し、信長の好みを見抜き、次には京料理と真逆の尾張の味を出したのです。そして死罪から逆転、信長の賄頭(料理長)を任せられます。
 石斎採用の要因は「料理のうまさもさることながら、人の有能なところを見るのが信長の最も好むところなのである」と、司馬遼太郎が作品の中で解説します。
 では、信長の眼鏡にかなう有能な人とは、どのような人を指すのでしょうか。それは、既成概念にとらわれず、機転を利かせ、臨機応変に対処できる人物なのです。それはそのまま京都人の人あしらいに通じ、京料理の達人石斎には、造作のないことでした。石斎はあえて尾張風の濃厚な料理をだして、心の中で信長の田舎者を笑っていたのではなく、これがその人を思って対応する京都人の《おもてなし》の精神なのです。                         
 (「 」の部分はすべて司馬遼太郎『国盗り物語』の本文引用になります。)

(日本語学科 蔵田敏明)





今月のチャレンジ

第42回、1月のチャレンジ問題は、久しぶりにカタカナ語の話です。
 今、カタカナ語が氾濫している、以前からある和語・漢語で言えることをわざわざ外来語(英語)で言うのはよろしくない、このままでは、本来の日本語が失われてしまうといった意見をしばしば耳にします。
 たとえば、「イチローは多くの若手大リーガーからリスペクトされている」などと言わないで、「尊敬されている」と言えばいいというようなことです。
 しかし、「リスペクト」と「尊敬」は同じ意味と言えるでしょうか。「尊敬」は、《その人の人格全体が優れていると認め》《むしろ近づきがたい人と思う》といった意味でしょう。それに対して、「リスペクト」は、《(スポーツ、芸能など)自分と同じ分野において優れた能力をもっていると認めている》といった場合に用いられるようです。「??リスペクトする歴史上の人物は西郷隆盛です」というのは、ちょっと変、つまり、「尊敬」と比べて、使われる分野が限られており、ニュアンスに違いがあると言えます。
 微妙なニュアンスなどを表すために作り出される新しい表現として、カタカナ語が用いられることがよくあります。以下のカタカナ語は、在来の和語・漢語で言ったらどうなるでしょうか。その場合、在来の語と比べて、どんな意味・ニュアンスの違いがあるでしょうか。

1.テナント
2.バージョン
3.コーナー
4.グレーゾーン
5.ゲットする