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第10回日本語表現大会・ブックレポート部門にて,3年生・近田さんが優勝

 第10回日本語表現大会が2014年11月26日・12月3日(水)に行われ,「ブックレポート部門」で日本語学科3年・近田誠三郎さんが見事優勝しました。

近田さんから許可をいただき,優勝作を掲載させていただくことになりました。皆さんもよく読んでみてください。そして来年度の大会に出場し,近田さんに続いて優秀な作品を書いてほしいと思います。

優勝作:「暉峻淑子(1989)『豊かさとは何か』(岩波書店)」(日本語学科3年・近田誠三郎)

  人々にとって、「豊かな暮らし」とは一体何か。金銭に恵まれ裕福な生活を送ることか。 あるいは、自分自身の娯楽、趣味に没頭できる生活を送ることか。いずれも「豊かな暮らし」だといえるだろう。どちらが正しく、どちらが間違っているということはないはずだ。しかし現在、日本では「生活の豊かさ」に優劣をつけ、それが固定観念化しているように思えてならない。特に、社会の経済的な発展、あるいは自己の地位の確立と経済的な安定を得ることこそ、日本人にとっての「豊かさ」であり、そういったものを求めない人間は、道理から外れた怠け者だ、とする考え方が蔓延しつつある。果たして人々は、金銭を求め続けさえすればそれで良いのだろうか。『豊かさとは何か』という本を手に取って、考えてみたい。

  ここでは著者?暉峻淑子(てるおかいつこ)氏の経歴と、彼女が主張する「豊かさ」とは具体的に何かについて、本書でも取り上げられた経験を基に明らかにしていく。

  埼玉大学の教授である著者は、本書のほかに『東欧の“豊かさ”日本の“貧しさ”』(リベルタ出版)、『ゆとりの経済』(東洋経済新報社)といった、日本の労働体制、教育方法の在り方、問題点について指摘した著書をいくつか残している。その中では、たとえば長時間労働、過労死、受験戦争、詰め込み式教育など、実に幅広い問題が言及されている。著者はヨーロッパ、とりわけ西ドイツで長期?短期間滞在した経験があり、そこで出会った市民?労働者たちと触れ合ううちに、日本がいかに特殊で「豊かさをはき違えた国」であるかを実感した。そこで両者の生活を比較し、あらためて日本の生活の在り方、及び「豊かな生活の道」について著したのが、本書である。

  勿論、他国と日本とでは歴史も価値観も異なるため、一概に日本の在り方を否定することはできないだろう。そもそも著者は、歴史も文化も異なる国と日本とを簡単に比較することはできないと、本書の中で述べていた。しかし、西ドイツでの生活から、「日本でも今と違った豊かさを求めることができるだろう」と思ったのである。

  では、先ほどから何度も述べている「豊かさ」とは、具体的に何であるか。それは、「どのような生き方、社会が望ましいかを、個人で身体的に理解し実現できること」であると著者は言う。利潤を求め、長時間労働を強いられ、良き人間関係の構築を無視する現在の日本は、「豊かさ」は「カネの多さ」だと思い込み、「本当に自分自身にとって望ましい人生とは何か」を考える余裕すらないのだ。

  本書では、ドイツのドルトムント市立の特殊教育(傷害事件などを起こした少年少女たちを教育する、日本でいう少年院のような施設)の学校の例を挙げていた。その施設ではなんと1人の生徒に対し、1ヶ月50万円(勿論国がそのお金を負担する)もかけて教育をするという。日本の少年院であればそこに厳しい訓練に冷徹な監督、高い柵といったものがあるだろうが、ドルトムント市立の施設には一切無い。あるのは低い柵と、放し飼いにされた動物たちだけである。彼らはそんな動物たちと触れ合いながら、時間をかけてゆっくりと社会へ羽ばたいていくそうだ。そして彼らが再び社会とぶつかるようなことがあれば、また学校の教師たちと相談することができる。これほど充実した体制が整っているのは、学校の教師たちが少年少女たちの将来を思っているからこそである。未来を担う子供 たちが、再び犯罪に手を染め、社会の壁にぶつかることがいかに不幸であるか、その事を考えたら50万円の負担は決して高くはないと、彼らは言う。事実、80%以上の少年少女が再犯をしないという。

  日本ではおそらく、ドルトムントのこのやり方を「遠回りで無駄だ」と考えることだろう。問題児のために50万円もかけるなどもってのほかであり、彼らにお金をかける意味が分からない。それよりも厳しい訓練を行い、できるだけ早く社会に復帰したほうが、国のためにもその問題児のためにも良いと考えるはずだ。だが、先ほども述べたように「豊かさ」とは「どのような生き方が自分にとって望ましいかを理解できること」である。施設の中で自然とふれあい、教師たちと暮らしながら、「生きること」を学び続ける彼らこそ、人としての本当の「豊かさ」を理解しているといえる。ということは、利潤のために人生を犠牲にする人々よりも、施設の少年少女のほうが豊かな暮らしをしているのが現状だ。

  上記のような例があっても、それでも現在の日本は比較的豊かな暮らしをしていると思う人もいる。しかし、この教育施設の例などほんの一部にすぎない。著者が調査した日本の生活様式およびデータの数々を見れば、決して日本が豊かな国とは言えない筈である。 そして本書を読むことで、自分自身にとって豊かな暮らしとは何か、改めて見つめなおすことができるだろう。