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留学先で日本語教師アシスタントを体験して

昨年大学を休学してオーストラリアに留学していた福永郁美さん(日本語学科4年生)から,留学中の体験について,報告してもらいました。

留学を考えている人も,そうでない人も,ぜひ読んでみてください。

留学先で日本語教師アシスタントを体験して(日本語学科4年 福永郁美)

  私は去年大学を一年間休学して、オーストラリアのメルボルンに留学し,「日本語教師アシスタント」のボランティアを経験しました。メルボルンはオーストラリアで2番目に大きい都市ということもあり、日本人が比較的多いため日本人用の留学生支援の掲示板がいくつかありました。そこにはシェアハウス、仕事の求人情報、ボランティアの募集など様々な情報が掲載されています。私は語学学校に3ヵ月通った後、アルバイトだけでなくなにか自分の将来のためになることがしたいと思い、ボランティアを探し始めました。そこで,私は将来教員になりたいと考えていたので、「日本語教師アシスタント」を始めることにしました。

  このような日本語教師アシスタントがオーストラリアで求められるのには,現地の外国語教育政策が関係しています。2009年に実施された日本語教育機関調査によると、オーストラリア全土で初等・中等・高等学校を合わせて1053の学校教育機関があり、およそ10万人もの児童生徒が日本語を学習しているようです。オーストラリアで日本語教育が盛んになったのには、経済的な理由からアジア重視の外交へと方針転換した結果、1970年代に白豪主義を放棄し、多文化主義へと舵を切ったオーストラリア政府の外国語教育に対する意識が変化したことが主な要因であるとされています。

ハンティングデール小学校

ハンティングデール小学校

  多文化主義の外国語教育政策の結果,オーストラリアでは,小学校でもバイリンガル教育を行っているところが多くあります。私がボランティア活動をしたのは、バイリンガル教育を行なっている公立ハンティングデール小学校というところです。そこでは日本語をはじめ美術、音楽、理科、社会、体育の授業を日本人教師によって日本語のみで指導されていました。日本のバックグラウンドを持つ児童は半数ほどで、その他はオーストラリアやアジア諸国、ヨーロッパなど様々でした。そのため、日本語の初級レベル、上級レベルの子がひとつのクラスの中で一緒に学習していました。ボランティアの具体的な活動は、主に教室内での児童のサポートや教材作成です。

  苦労したことは、ギリシャから転校してきた低学年の児童に日本語の指導サポートを行うというものでした。ギリシャは英語圏ではないので、日本語だけでなく英語も通じません。「今日は半日その児童の傍についてサポートをしてね」とお願いされましたが、どうサポートすればよいのか全く分からず、写真や絵、体で表現するなどいろいろ試してみましたが、どれもうまくいきませんでした。そして、結局30分ほどで先生に「やっぱりいいわよ」と言われ帰されてしまいました。媒介の言語がない中での外国語教育の難しさを身をもって体験しました。

  その反面嬉しかったことは、児童と関わっていく中で彼らが成長する姿を間近で見られたことです。私の活動したタームの期間の最後に、学校で文化祭がありました。低学年は歌やメイポールダンスを披露したり、高学年は和太鼓に挑戦していました。毎日一生懸命練習に取り組み、できなかったものがひとつひとつ出来るようになっていく姿には本当に感動させられました。写真は1年生が歌を披露しているところです。

  今回このような体験を通して教師になりたいという思いがより一層強くなりましたし、現場を体験することで、教育の難しさややりがいに少しですが触れることもできました。今後もこのような活動を日本でも続けて行きたいと思い、今年の4月から日進市で学生サポーターとして活動を始めました。まだ始めたばかりで慣れないことも多いですが、常に積極的な姿勢で望みたくさんのことを学んでいきたいです。