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第7回日本語表現大会・作文部門にて,3年生・森山さんが優勝

  第7回日本語表現大会が2011年11月30日・12月7日(水)に行われ,11月30日(水)に行われた「作文部門」で日本語学科3年・森山侑斗さんが見事優勝しました。

  作文部門の優勝者・森山さんから受賞コメントをいただきました。

受賞コメント

  みなさん、こんにちは。日本語学科3年の森山侑斗です。今回、作文部門でこのような賞と評価を頂けたことを素直に嬉しく思います。

  今回の作文には、「古き良き伝統を大切にしよう」という思いを込めました。作文中に引用した清少納言の「春はあけぼの」という歌は、日本人なら誰でも知っている有名な歌ですが、これほど日本人の心・価値観を如実に表現しているモノはないと思います。今回のテーマに即して言うのであれば、経済優先の政策を推奨するのではなく、「日本人らしさ・日本人の価値観に合致するか」を一度立ち止まって考えて欲しい、と強く思いました。

  思い返せば、昨年の大会で味わった「該当者なし」という悔しい思いも、今大会で「優勝する」という原動力になったと思います。もう一つ、僕が代表を務めるマスコミ業界研究グループのメンバーが各賞を受賞したことも、本当に嬉しく思います。今回の受賞を契機に、就職活動も頑張りたいと思います。もちろん、来年も出場し、防衛して卒業します!

優勝作:「『日本の大学の入学時期を4月から9月に変更する』という案に対する意見」(日本語学科3年・森山侑斗)

  私は大学の入学時期を4月から9月に変更するという案に反対です。その理由は大きく2つあります。

  1つ目は制度変更に伴う日本社会の混乱です。現在の制度は長らく日本社会の中で適用されています。その制度を,東大をはじめとするいくつかの大学で実施することで,大学に入学する前の期間と,卒業して会社で働きだすまでに空白が生じてしまいます。10代という感受性が豊かな時期に空白の期間を設けることは,子供の成長を妨げる要因になると思います。もし9月入学に変更するのであれば,日本社会全体に共通している暦を考え直す必要があります。しかし,現在の日本社会にそこまで力を注ぐことは不可能だと思います。それよりも行うべき改革がたくさんあります。

  2つ目の理由として,日本には四季があります。平安時代に清少納言が書いた『枕草子』にも「春はあけぼの」とあるように,昔から日本人は四季と密接に付き合って生きてきました。このように日本を代表する文学作品においても取り上げられている四季を崩す必要がどこにあるのでしょうか。「春はあけぼの」という句は,春を一日の始まりと例え,一年の始まりを象徴する季節として描いています。日本人なら誰もが桜を見て新しい一年の始まりを感じるものだと思います。これは個人的な意見ですが,もし秋から大学が始まると,一番始めに訪れる季節は秋です。秋と聞いて連想するものは,紅葉です。確かに,山野をたずねて赤や黄に染まった紅葉は美しく,見るものの心を惹きつけます。しかし,それと同時に,葉が落ちるということから哀愁が漂うことがあります。一年の終わりに紅葉を見て哀愁が漂う様は,その年を振り返るという意味でも良いと思いますが,新しい一年のスタートという新鮮な気持ちを儚くも打ち砕く紅葉には,違和感を抱かずにはいられません。

  このように,日本人が昔から持っている四季に対する価値感と,日本社会に存在する制度を総合的に考慮すると,大学の入学時期を4月から9月に変更する,という案には賛成できません。将来的に考えても,移項することは容易ではないと思います。現代社会に薄れている「古き良き文化を大切にする心」を育んでいく日本社会であってほしいと思います。